1度だけエルメス銀座店で買い物をしたことがあります。
もちろんそれは「彼女へのプレゼント」と書きたいところですが、実際には自分用のシステム手帳。
社会人1年目のときに、雑誌で見かけたエルメスのシステム手帳に一目惚れした私は、薄給の身でありながら分不相応にもどうしてもその手帳が欲しくなったのでした。
そして、どうせ買うならということで1万円札数枚を握り締めて勇んで銀座の直営店へ。
店内に入ると、Tシャツにジーンズ姿の自分は周りの人に比べて妙に浮いているように感じられて、心臓はドクドク、冷や汗ダラダラ。
「お前、ちっちぇ~。こんなことぐらいで緊張してんの?」というさげすむような心の声と同時に、「逃げちゃだめだ! 逃げちゃだめだ! がんばれ!」というかすかに聞こえる自分を鼓舞する声。
そして私は意を決して店員さんの元へ。
「あっ、このターコイズブルーのシステム手帳くらさい。いや、ください!」
そんな妙なテンションの若者にも、キレイな女性店員さんは冷静に満面の笑みで対応してくれます。
「こちらですね」。そう言ってガラスケースに飾られたシステム手帳を手に取ると、私をなにやら高そうなイスへと誘導。「お包みしますので、しばらくお待ちください」と言ってシステム手帳を包み始めます。
そして、最後の関門、支払いへ。
財布から数枚の1万円札を取り出すと、「じゃ、これで」と私。
「はい。おつりをお持ちしますので、しばらくお待ちください」と言いながら、消えていく店員さん。
1分経過……2分経過……3分経過……。
「しまった!! こんな高級店で現金で買うヤツなんていないんだよ、きっと。普通はカード払いなんだよ。今ごろあの店員さん、『まったく、これだから貧乏人は! システム手帳1つ買うぐらいで声上ずっちゃって! ほんとイケテないヤツ!』とかなんとか同僚とボクを罵倒しあっているに違いない」なんて、待っている間にふくらむ過剰なまでの被害妄想。
私にとってはそんな永遠の時間に感じられるほどの数分間を経て、さきほどの店員さんがおつりを持って再び私の前へ。
即座におつりとショッピングバックを鷲づかみにして、そそくさと店外へ逃げ去る私。
でも、ここで気付いたことがあります。さきほど受け取ったおつり、それはまぎれもなく皺ひとつないピン札。
その時買ったシステム手帳はすでに押入れのなかで眠っていますが、そこで学んだことは私にとっては今でもとても重要なものになっています。
ブランドは広告でつくれない。いや、正確に言うと、ブランドは広告だけではつくれない。そして、もちろんブランドはPRだけでもつくれない。
広告もPRも、店のつくりも店員さんの対応も、もちろん商品も、そしておつりひとつでさえも、すべてがブランドを形作っているのだと。
広告やPRがどんなにうまくいっても、製品自体が粗悪品だったり、店員さんの対応が少しでもまずかったりしたら、それがどんな些細なことであれ、その時点でブランドは崩壊します。逆にそれらすべてが期待以上であれば、人はそのブランドを評価します。
例えば、今回のおつり。それは単なるおつりに過ぎないのかもしれませんが、それだけにそんな単なるおつりごときにこれだけ気をつかえるブランドだからこそ、そのブランドが製品に対してどれほど気をつかっているかをうかがい知ることができます。
そして、高級感を売り物にしているエルメスにとって、おつりはピン札であることが当然なのです。
そんなことを学べただけで、あの数万円は良い授業料になったと思っています。
それにしても、今度エルメスに行くときには、彼女を連れて大人の男としてカッコよく颯爽と振る舞いたいなぁ。
2009年9月14日 追記:
そうそう。上の出来事と関連する参考記事の紹介を忘れていました。
・広告かPRかの問題ではない、のに: mediologic.com/weblog
http://www.mediologic.com/weblog/archives/001890.html
本質的には、広告主の課題を解決する手段としての(狭義の)「広告」が、以前はそれだけで“解決できていたように思えた”のが崩壊し、様々な手法が求められる時代になってきているということなのであり、PRですらその一部、にすぎない。となると、広告会社でもない、PR会社でもない、その上のレイヤーの位置する、マーケティングコミュニケーションエージェンシーが必要なんだろう。
つまりはそういうこと。
広告やPRだけでブランドを創り、守ることができないのなら、マーケティングコミュニケーション全般を統括することを考えることが必然的な流れなのだと思います。
Recent Comments