Souseki Souseki

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■ 性別: 男性
■ 星座: 牡牛座
■ 業種: インターネット関連
■ 所在地: 東京


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「則天去私」の管理者が目指す今後の野望–Souseki氏に聞く
2008年3月7日

 2007年10月に個人ブログ「則天去私」を立ち上げたSouseki氏。旅行情報誌やタウン情報誌の編集者を経て、インターネット広告業界で働いてきた同氏は今後「則天去私」を通じて何を目指すのか、今の率直な思いを聞いた。

――まずお伺いしたいのは、なぜSousekiというハンドルネームをお使いかということなんですが。

 私はもともと夏目漱石が好きで、小学校低学年のころから漱石ファンなんですよ。小学校入学当時から週に1度は母親に連れられて図書館に行っていたんですが、まず最初に読み始めたのが『エジソン』だったり『キュリー夫人』だったりという伝記物だったんです。でも、週に1~2冊は読んでしまうので、すぐに伝記コーナーにある本は読み終わってしまったんですね。そこで、次に何を読もうかと考えながら図書館の本をいろいろと物色していると、夏目漱石の『坊っちゃん』という本が目に付いたんですよ。

 当時、夏目漱石という名前ぐらいは知っていましたから、やけに興味が引かれた訳ですね。それに、タイトルの下に小学校高学年向けって書いてあったのも大きかったと思います。何しろ、今でもそうかもしれませんが、当時は特に背伸びをして自分を見せるところがあったので、小学校低学年だった私はすぐにこの本を読んでみようと思ったわけです。それでこの本の面白さにはまってしまって、小学生時代には漱石作品は5~6冊は読んだんじゃないかな。それこそ、小学校高学年になると、中学生向けって書いてある作品を選んで読んだりして(笑)。

――小学生の時に読んで、書いてあった内容はすべて理解できたんですか。

 おそらく完全には理解できていない部分も多かったはずですよ。でも、なんとなくニュアンスは理解できていたような記憶はあります。

 そうそう、朝日新聞社で長年「天声人語」を担当されていた辰濃和男さんが書かれた『文章の書き方』(岩波新書)という本には、次のような面白い話が載っています。

 作家の向田邦子は小学4、5年のころ、夏目漱石の『坊っちゃん』『三四郎』『吾輩は猫である』を読んだそうです。後年、「漱石先生から大人の言葉で、手かげんしないで、世の中のことを話してもらった」と回想しています。

 私にとっても、小学生時代に漱石文学に触れたことは、まさにこれと同じ意味があったのではないかと思いますね。

「三つ子の魂百まで」ではありませんが、結局今に至るまで夏目漱石は自分にとって1番の作家ですし、大学の卒論も漱石文学をテーマに選んでいましたから。

――最初の質問に戻りますが、では尊敬する夏目漱石からハンドルネームを取ったということですね。

 そうですね。インターネットの黎明期って、メールのユーザー名の部分に尊敬する人の名前を使っている人って結構多かったですし。あまり深く考えることもなく、ハンドルネームを決めてしまった感じですね。

 ただし、後付けっぽい理由になってしまうんですが、どんなの内容の記事を書くときにも、漱石のようなユーモアは持っていようという自身への戒めの意味はあります。

 例えば、『吾輩は猫である』や『坊っちゃん』のような漱石の前期作品って社会批判的なものが多いんですが、読んでいて不快に感じられないのは、批判というトゲをうまくユーモアのある皮肉や比喩で包み隠しているからだと思うんですよ。

 ネット上の意見というは、どうしても独善的な意見になりがちな傾向があるように感じるんですが、批判的なことを書くときも、漱石のように読んでいて不快にならないような文章を心がけたいなぁ、という思いはあります。

――ブログのタイトル「則天去私」も夏目漱石の座右の銘から取ったものですよね。

 はい。お恥ずかしい話ですが、こちらもあまり深く考えることなく付けてしまった感じです。正直、タイトルからブログの内容が想像しづらいですよね。説明文も「自然に身をゆだねて、なすがままに生きたいものです。」なんて、よくわからないものになっていますし(苦笑)。

 ただタイトルを付ける時に、どうしても日本語を使ったタイトルにしたいっていうことだけは決めていたんです。運営しているもう1つのブログが「Search for search」っていう英字の名前なんで、こっちは日本語でっていうのだけは決めていました。

 実はここだけの話、本当は自分の座右の銘が「駑馬十駕(どばじゅうが)」っていう言葉なので、それをタイトルにしようかとも思ったんですよ。でも、普通の人はふり仮名を付けないと読めないでしょうし、意味もわからないでしょうから。それに、検索しようにも変換されない言葉ですからね。あまり検索されることがないと思って。

――不勉強で申し訳ないんですが、「駑馬十駕」って意味はどんなものなんですか。

 駿馬(足の速い馬)は1日で千里を駆け抜けると言われていますが、では駑馬(足の遅い馬)はどうかと言うと、1日で千里は走れなくても、10日かければ駿馬と同じように千里を走ることは可能だ、という意味になります。つまりは、人間もこれと同じで、才能がない人も、努力さえすればいずれは高い能力を持った人と同じような仕事ができるようになるという喩えですね。大好きな言葉です。

――インターネットを使い始めたのはいつごろですか。

 もともとインターネットを使い始めたのが、大学2年生の時だったんです。1994年ごろですから、同世代の他の人よりもかなり早かったんじゃないかな。当時、ジャーナリストを目指していて、新聞社の編集局でアルバイトをしていたんですが、新聞社だからインターネットも早くから使えたわけです。よくアルバイトの休憩時間などにネットのつながるパソコンを貸してもらって、Webを見始めたのが最初ですね。

 それで、新聞社にアルバイトへ来る人って不思議と情報感度の高い人が集まるんですよ。その頃の同じ部署の学生アルバイトには自分のWebサイトをもっている奴なんかもいて、そいつといろいろ話してたら、自分も作りたくなったんですね。

 それから1カ月ぐらいHTMLの本だの、CGIの本だのを読みまくって、最初のWebサイトを立ち上げました。その頃は今みたいに誰でもブログをもっているなんて時代じゃなかったし、個人のWebサイトどころか企業サイトもそんなになかったから、雑誌なんかでも取り上げられちゃったりして。

 スキルが上がってくるにつれて、掲示板だのチャットルームだのゲストブックだの、どんどんコンテンツを増やしていったら、結構アクセスも集まりましたね。

――そのサイトはどんな内容だったんですか。

 そうですね、一言でいえば、社会派サイトですかね。さきほどもお話ししたように、当時はジャーナリスト志望の学生だったもので、時事ネタについて自分の意見を発信したり、大きいニュースの起こるなかでアルバイト先の新聞社がどんな動きをしているかという内輪ネタだったり、掲示板やチャットで訪問者と意見交換をしたりといった感じです。

――随分と硬派な内容ですね。

 当時は地下鉄サリン事件だったり、神戸連続児童殺傷事件だったり、世間を騒がせたニュースが多かったですし、阪神・淡路大震災もありましたからね。ある意味では大きな時代の転換点だったと思います。そんななかで何かマスメディアでは伝えられないことが個人で発信できればいいと考えていました。阪神・淡路大震災の時なんかは、震災から1カ月後に自費で神戸に行って、見聞きしたものをネットで公開したりして。

――個人ジャーナリズムのさきがけですね。

 いいえ、そんなカッコイイものでもないですよ。今もそういう風潮がありますが、どうしてもネットは匿名メディアなので、過激な意見が多くなるわけです。当時も掲示板やチャットはかなり過激な意見で荒らされた記憶があります。結局、最後のほうは挫折した感じでしたね。日本ではジャーナリズム活動をするには、ネットというのはまだ未熟なメディアだなと。いや、正しくはネットというのも現実世界の一部なので、日本人がもっと大人にならないと個人ジャーナリズムは成り立ちにくいだろうな、と考えました。

(続く)