2月 24
テレビCMを見て知ったのですが、『週刊少年ジャンプ』が創刊40周年を迎え、それを記念して3月のスカパー!では『週刊少年ジャンプ』原作のアニメを全50作品以上放送する「ジャンプ祭り」を開催するそうです。
個人的には、『週刊少年ジャンプ』はすでに10年以上買った記憶はありませんが、放送される作品を見ると懐かしい作品が多く、「やっぱり、『週刊少年ジャンプ』ってすごいマンガ誌だなぁ」とあらためて感じさせられます。
R35世代にとって『週刊少年ジャンプ』はかつて放課後の必須教科書だったので、以前のエントリーでも書いたように、スカパー!はやっぱりR35世代を狙い撃ちしているのでしょうかね。
「ジャンプ祭り」の特設サイトもまもなく始動するようです。
■ スカパー! ジャンプ祭り | SKY PerfecTV!
http://www.skyperfectv.co.jp/matsuri/jump/

2月 23
Plugin Error in Noembedder
The Youtube API returned error code #:
今日は荒川良々さん初主演の映画『全然大丈夫』を観てきました。
久々に期待通りの素晴らしい超小作映画でした。CGも爆破シーンも豪華なセットも、スリルもサスペンスも壮大なテーマ性も、ハリウッドの超大作にある要素は一切なし。
ただ“ゆるゆるな空気感”のなかで、ちょっと風変わりだけど憎めない“全然大丈夫じゃない人たち”が繰り広げる“全然大丈夫な日常”を切り取った作品。例えるなら、小津作品に少し近いかも。
「憩いまくりたい人々に贈る、恋のゆる騒ぎムービー」というキャッチフレーズが示す通り、まるで半身浴かアロマテラピーでもしているような憩いまくれる映画です。脇を固める俳優さんたちも、ウクレレのBGMも良い味を醸し出していました。
■ 映画「全然大丈夫」 オフィシャルサイト
http://zenzenok.jp/

公式サイトでは現在、特別企画として世の中の憩いまくりたい人たちにエールを送る「全然大丈部」の部員を募集中。入部すると、世の中に「全然大丈夫メッセージ」を発信できるブログパーツが手に入ります。
さっそく私も入部したので、しばらくはこのブログのサイドバーに貼り付けておきますね。
■ 全然大丈部|全然大丈部とは
http://zenzenok.jp/club/

最近のバイラル・キャンペーンというと、とかく笑える企画ばかりを狙いがちですが、こうした癒し系のバイラル・キャンペーンって、もっとあってもいいのかもしれませんよね。古典文学的な表現でいうと、最近のバイラル・キャンペーンはあまりに直接的な「をかし」という感情にばかりとらわれ過ぎて、そこはかとなく興味がそそられるような「あはれ」という感情への訴求が少ない気がします。
あと、この映画では“ちくわ”が1つのキーアイテムになっているのですが、YouTubeの公式チャンネルで“How to ちくわぶえ”という動画も公開されていますので、興味のある方はこちらもどうぞ。
■ YouTube - stylejamovieのチャンネル
http://jp.youtube.com/stylejamovie

作品もプロモーションも、徹底的に“ゆるゆるな空気感”にこだわっています。
追記:
どうやらブログパーツを貼り付けると、ページ内の「全然大丈夫」という言葉に判子が押されるようになっているようです。これはちょっとウザイかも。。。
2月29日追記:
ブログパーツを貼り付けていると、ページの読み込み速度が著しく遅くなるため、サイドバーから外しました。
2月 23
美容師やタクシー運転手、水商売などの接客業では、お客さんと政治や宗教、プロ野球の話をすることはタブーと言われています。
なぜなら、下手にその手の話をするとお客さんを不快な気持ちにさせることがあり、時にはケンカに発展する場合があるからです。
そのため、なるべくそういうキワドイネタは公共性の高い広告でも不用意に取り上げない方がいいのではないかと思っています。実際、「何が不謹慎なのか意味不明? 知事選をテーマにしたテレビCMが打ち切りに」で取り上げたように、国内では政治ネタで放送できなくなったCMの例もあるわけですし。
ところが、所変わって海外では「AXEのプロモーションはアメリカでもかなりのキレキレ度合いです」で取り上げたように、政治を茶化したネタは全然アリのようですね。
今回紹介する「Stabilo Erasable Pens」という消せるペンの広告の場合も、香港で展開された広告ですが、アメリカ政治を痛烈に批判した内容になっています。

ポスターの中央には、前回のアメリカ大統領選挙を連想させるアル・ゴアとジョージ・ブッシュの候補者名が書かれ、ジョージ・ブッシュにチェックが入っています(つまり、ジョージ・ブッシュに投票した投票用紙ということですね)。
そして、右下に書かれたキャッチコピーが商品の魅力をズバリ伝えつつ、前回のアメリカ大統領選挙を痛烈に批判しています。
「Everyone makes mistakes(誰でも間違いを犯します)」
オイオイ、スゴイこと言うねって感じでしょ。。。
確かにアメリカ国内でも、今ではそのチェックは間違いだったと考えている人は多いのかもしれませんが、いかに消せるペンでも残念ながらそこまではさすがに消せないでしょうね。
日本ではそのままだと絶対ムリな広告ですが、投票用紙を妻に送った昔のラブレターとか婚姻届とかに置き換えたら、日本でも消せるペンの広告として話題になるかもしれません。
【参考記事】
・Print “Stabilo Erasable Pens: Political mistakes”[Advertolog.com]
http://www.advertolog.com/paedia/prints/2008/2/22/198349/
2月 22
前回のエントリーでちょっとネガティブなことを書いたのでちょっと自己嫌悪中です。やはり私にはネガティブなことを書くだけの度量が欠けているようで、当分の間はネガティブな批判記事を封印して、ポジティブに他人を褒めちぎろうと決心しました。
昔から考えていることですが、人の書いたことや行動に対して何か批評を加えるというのは結局は「Re-Action」でしかなくて、それってブログの記事を量産するには1番簡単な方法なんですよね。おそらく「Re-Action」には「Action」の何十分の一ぐらいの労力しかいらないですから(だから、「Action」が上で「Re-Action」が下という論理ではありませんが)。
でも、当然「Re-Action」は誰かの「Action」があって初めて成り立つわけで、批判記事を書くときにも批判的精神は持ちつつも、「Action」する人への尊敬の念は忘れてはいけない。「Action」する人は、たとえそれが見当違いな「Action」であっても、それはそれでスゴイ労力と覚悟で挑んでいる。
ところが、最近自分の批判記事を読み返してみると、そうした尊敬の念が欠如しているのではないか、と思うわけです。
実は、「Souseki」というハンドルネームには意味があって、ただ単に夏目漱石が好きだというだけのことではなくて、分別あるRe-Actionができるようになりたいという思いがあって付けたものです。
『吾輩は猫である』や『坊っちゃん』に代表される漱石の前期作品は、それこそ社会批判の塊のような作品です。ですが、読んでいて嫌味に感じないのは、批判というトゲをうまくユーモアのある皮肉や比喩で包み隠している。
そうでなければ、読んでいて気持ちのいい批判にはならないわけで。。。
読み手が不快にならないように、独善的にならないように、今後いかに謙虚な気持ちで批判できるかを、しばらくは批判記事を封印して考え直してみようと思っています。
なお、このエントリーを書きながら、批判について昔から考えてきたことを、以下にまとめてみました。
・批判と憂さ晴らしは違う
・代替案のある批判と、代替案のない批判は雲泥の差がある
・批判者は批判対象を追い詰めてはいけない。批判される対象に逃げ道を作っておくことを忘れてはいけない
・批判によって新たな価値が生まれるために批判しなければならない
そんなことを思って「批判力」というキーワードでGoogle検索したら、検索結果の1位にはこんなページが。
・批判力
http://www.zunou.gr.jp/hattori/hihan.htm
人間の批判力は
その人間の実行力の3倍ある。
他の言動を批判して
悦に入る人は
9階から3階の人を見ている
ことを忘れている。
本来の自分の場所が
1階であるかもしれないことを
失念して!!
これも批判の際には忘れてはいけないことですよね。
Recent Comments