いきなりショッキングなタイトルですいません。
これもクリエイティブの実験だということでお許しください。
おそらく参加者全員ポジティブなタイトルにするだろうから、あえて1人だけネガティブに感じられるタイトルにしたら、みんな「!!!」と思って読んでしまうかなと思って。。。
ほんとスイマセン。
ところで、このタイトルですが、当然のことながら私が広告系ブロガー新年会に参加して、このような心境を抱いたということではありません。絶対にありません。
広告系ブロガーが盛り上がっている様子を横目で見ながら、おそらく業界の内部にはこういう風に冷めた目で見ている人がいるんだろうなぁ、と思って。
それに対して、今回の新年会で広告について真剣に考えている方々とお会いして、テンションが上がっている今の状態で、自分がこれまで広告について考えてきたことなどをまとめつつ、広告に対して冷めた目でいることがいかに悲しいことなのかを珍しくマジメに語りたいと思っています。
まず、「何熱く語ってんだよ、たかが広告だろ」と言う人に対して最初に言いたいのは、「そうです、たかが広告です。広告は直接的には世の中に何も生み出していません。広告では衣食住を満たせません。広告は着れません。広告は食べられません。広告には住めません。衣食住が満たされていない世界では、広告のことなんて誰も真剣に考えようとも思いません。仰るとおり、広告なんてたかが広告に過ぎません。仕事で広告に携わってます。それも否定しません」ということ。
「でも、みんなそんなことは分かりきった上で、それでも広告について真剣に考えようと思っています」ということ。
なぜなら、広告は物質的には世の中に何も生み出せませんが、人を幸せな気分にすることができるモノだからです。
例えば、広告に携わる人間は何をしてお金を得ているのでしょうか? メディアの代わりに広告枠を売って、その手数料としてお金を得ているのでしょうか? それとも、クリエイティブを作成するために働いた労働の対価としてお金を得ているのでしょうか?
私はそのどちらも間違っていると思います。
世の中に、一方で本当に消費者のことを考え抜いて、こんな良い商品・サービスを作ったんだからみんなに知ってもらって買って欲しいという企業、そしてもう一方で自分を満足させてくれる良い商品・サービスになんとか出会いってみたいと考えている消費者がいたとします。でも、この2者はもし広告がなかったら、一生出会うことはあり得なかったかもしれません。
ところが、広告があったことでこの2者には幸せな出会いが待っている。企業は自分たちが頑張って作った商品・サービスが売れ、消費者も良い商品・サービスを買えてお互いに幸せな気分になれる。
このとき、広告は企業と消費者のいわばキューピット役を果たせるのです。
だからこそ、この出会いを演出できた報酬として広告に携わる人間はお金を得ているのではないでしょうか?
企業は思い入れをもって世に送り出した商品・サービスが売れて幸せになれる。消費者はお金を払ったけど、そんな出費を忘れるほど欲しかった良い商品・サービスに出会えたことで幸せになれる。そして、この2者の幸せをほんの少し分けてもらって、広告に携わる人間も幸せになる。広告によって3者幸せで、いわゆるWin-Win-Winの関係の完成です。
そう考えた時、たかが広告に過ぎませんが、広告に携わることがものすごく魅力的なことに思えませんか? だから、そんな魅力的な広告という仕事を、企業の垣根やオフライン系・オンライン系の垣根を越えて、どうすればもっと機能させられるのかを考えることって、世の中にとっても決して無駄なことじゃないと思いますよ。
たかが広告。これは事実。けれど、やっぱりされど広告。これも事実なんです。それを熱く語って何が悪いんでしょうか?
そんな風に冷めた目で見ている人たちの方が、よっぽどカッコ悪いと思いますよ。
…はぁ、久しぶりにマジメな文章書いたらツカレタ。勘繰り過ぎかなぁ。でも、まぁいいや、たまには勢いに任せて無意味に熱く語ってみるのも。。。
最後に、本日お会いした方々、とても多くの刺激をいただきました。ありがとうございました。
今度はぜひ小ロットで、じっくり会ってお話してみたいですね。今後、メールやコメント、トラックバックもお気兼ねなく。
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